"次の10年"と向き合いたくてCo-Activeコーチングを受けた

2018年に40歳になったとき、50歳までの10年をどう過ごそうかということを考えた。ちょうどマネジメントの仕事を面白く感じていた時期で、「50歳までにVPoEに類するポジションで仕事をしたい」というのを漠然とした目標として定めながら40代の前半を過ごした。

昨年、47歳で技術組織全体のマネージャになり、40代のテーマとしていた目標に到達した。

さて、50歳まであと2年。そして次の10年はなにを目標としようか、と考えたが、その先は霧に包まれたような手触りで少し自分の行く先を見失った。

なんとなくモヤモヤした毎日を過ごす中、コミュニティで親しくさせてもらっている稲野さん(@KazuhideInano)がFacebookで「Co-Activeコーチングのクライアントを募集している」という投稿をされているのを読んだ。

自分も日々メンバーをマネジメントする中で、引き出しの1つとしてCo-Activeコーチングについての書籍を読んだことがある。身近な人たちにそのような話をすると、「一度自分がクライアントになってみるといいよ」と良く言われていたのだが、実際にプロコーチとして活躍する知人たちは常に忙しそうだし、なかなか機会を得られずにいたところ、先の投稿であった。

さっそくメッセージを送ると快諾していただき、そこから2週間おきに計6回のセッションを受けることになった。

結論を書くと、自分にとってとても身になる良いものだった。モヤモヤが消えたわけではないが、それに対する向き合い方のリフレーミングをすることができ、気持ちがずいぶんと楽になった。「次の10年の目標」は未だに霧の中だが、それはそれとしてわからないなりに今現在の自分を肯定して前向きに取り組めば、そのうち何か見えてくるだろう、と思えた。

Co-Activeコーチングのセッションは、コーチが自分を導いてくれるようなものではない。コーチは自分がやりたいことに対して伴走し、いくつかの視点や切り口、知識を提供してくれる。自分はそれらの助けを得ながら、自己開示をしたり、コーチの前で10分ほどうんうんと悩んだりしながら自分なりの答えを探していく。

自分の今の悩みやなりたい自分の姿、などについて話すと、コーチはいくつか質問をする。その質問について考えていると、今までとは違う角度から問題を見つめるような発見を得られたり、物事の見え方に変化が生まれたりする。そうすると、ただ自分につらくのしかかってくるだけに感じられていたモヤモヤが、状況によっては自分の強みとして世の中に作用していたのではないか、というような見え方になることもある。

こうした自身の思考の変化を繰り返しながら、セッションの終わりにちょっとした宿題もあり、その宿題に取り組むことで行動変容のきっかけになることもある。6回のセッションが終わるころには、はじまるまえに感じていたモヤモヤと、うまい具合の距離感で共存できているという感覚を得られていて、それが自分の場合のコーチングセッションを通じての結果となった。

前述したとおり、コーチは伴走してくれるだけなので、セッションを通してどうなりたいかを考えたり、実際に行動を変化させたりするのは自分である。そのため、かなり能動的に取り組む必要がある。コーチングについて学んでいると、それを意味あるものにするためには「相手がコーチャブルである必要がある」と繰り返しでてくるが、「コーチャブルな状態」とはどういうものなのかを身を持って学ぶことができた。

万人にオススメできるものではないな、とも思ったが、1人で悶々と思考の沼でもがいているような場合は、コーチに助けてもらうのもよいのではないかと思う。

原因究明の「なぜなぜ分析」「5回のなぜ」で個人が疲弊しないために

トヨタ生産方式を構成する要素の1つとしてよく知られている「なぜなぜ分析」や「5回のなぜ」と呼ばれるエラー発生時の分析手法がある。

インターネットを見ていると、この手法を快く思わない人たちの意見をたびたび目にする。「精神的に追い詰められている気持ちになる」とか、「突き詰めると『ミスをしないように気をつける』にしかならない」といった言説を見かける。

正直なところ、自分も苦手だなと思っていた時期があった。なぜなぜ分析は、人の振る舞いにフォーカスを当てすぎてはいけない。それをしてしまうと「個人を詰める」ような結果になり、問題の原因にまでたどり着けないからだ。

大野耐一が著書『トヨタ生産方式 脱規模の経営をめざして』でなぜなぜ分析をこのように表現している。

科学的接近の態度の累積と展開

これは「なぜなぜ分析」の正しいやり方を端的に説明した素晴らしい表現であると思う。

トヨタ生産方式

トヨタ生産方式

Amazon

「なぜなぜ分析」は、ヒューマンエラーが発生した際に実施されると、個人にフォーカスが向きがちになってしまう。では、ヒューマンエラーの原因究明のよいやり方とはなんであろうか。

JAXAによる『ヒューマンファクタ分析ハンドブック』

以下に紹介するのは、「JAXA共通技術文書」というサイトで、JAXAによる宇宙機の開発にまつわるさまざま事が公開されている知の宝庫である。

JAXAが開発する宇宙機は、一度打ち上げてしまうと二度と修理を行うことはできない。ソフトウェアのアップデートによっていくらか不具合を改善することはできるが、ハードウェアに手を入れることは難しい。できる限りエラーが混入しないように開発をして、打ち上げ・運用をする必要があるプロダクトのノウハウの蓄積が、こうして一般に公開されている。

その中の『ヒューマンファクタ分析ハンドブック』が、まさにヒューマンエラーの原因究明の手引きであり、この文書の中に「なぜなぜ分析」も登場する。

ヒューマンエラーは大きく以下の2種類に分類できる。

  • オミッションエラー(Omission Error):すべきことをしない(省略する)
  • コミッションエラー(Commission Error):してはいけないことをする(間違い)

これらはいずれも、その行為が意図せず行われたことを指している。一方で「面倒」「よかれと思って」など意図的になされたものはヒューマンエラーではなく「違反」とされる。違反であっても、「不必要な作業や手順」「手続きのわずらわしさ」といった構造的な問題が潜んでいることがあり、個人にフォーカスをあてすぎずに組織的な問題としてヒューマンエラーと同様に構造面での対策をとる必要がある。

ヒューマンエラーの要因はさまざまあって、個人の要因の他にもシステムや組織の構造、作業環境などに要因があるケースがある。たとえば、データを削除するボタンが、改ページのボタンのすぐ隣にあれば、ただ改ページをしたいだけなのに誤ってデータを削除してしまうという事故がおきやすい。その場合は「作業者が削除ボタンを押さないように注意する」ではなく、「削除ボタンを手が届きにくい位置に移動する」というのが対策として正しい。

詳しくは、このハンドブックを読んでいただくのがよいが、このようにヒューマンエラーを適切に分類し、その周辺の事象を良く観察して、個人ではなくて環境や構造に着目して掘り下げることが、ヒューマンエラーの分析として重要である。

まさに、「科学的接近の態度の累積と展開」を行う必要があるのだ。

EMConf JP 2026に行ってきた

2026.emconf.jp

残念ながらプロポーザルは落選してしまったので、聴講者として遊びに行ってきた。

EMConfは初回である去年に登壇させてもらえていて、去年のプレーリーカードを持っていっていたのだけど、なんだか古参アピールみたいで恥ずかしいな、と最初はカバンの中にしまっていたところ、会場で名札に入れて提げている人をけっこう見かけたので心配しすぎか、と思い身につけることにした。

結局調子に乗って「古参アピール」とかポストしており、翌日の冷静になった頭で見てみるとやっぱりカッコ悪いと思う......。

セッションもとても刺激を受けるものが多くて楽しかったが、それと同時に今回は廊下を特に楽しんだ。

EMとしていろいろな発信をしていたためか、自分のことを知ってくれている人が多く、いろいろな人が声をかけてくれたし、顔見知りも多かったので自分からも話しかけやすかった。去年は1人で参加したのだけど、今年は同僚と総勢4人で参加することができ、ときどき合流して意見交換などができたのもとても良かった。

アンカンファレンスのひと枠で「あらたま・いくおのマネジメントRadio」の公開収録があるとのことでリスナーとして最前列で見学していたら、ゲストとして出演することになった。

listen.style

思いがけない機会をもらって緊張したけどとても楽しかった。ありがとうございました。

その余波(?)で公式のRecapにもけっこう目立つ感じで登場させてもらえている。

www.youtube.com

カンファレンスの熱量をもらって、今日からまた地道な仕事の日々がはじまる。また来年開催されるかは未定とのことだけれど、こういうお祭りをまた楽しめるように、それまでまた日々の仕事の中で成果や経験を積み上げていきたい。

トヨタ産業技術記念館に行ってきた

アジャイルやスクラムを学んでいると、学習の途上で必ず「トヨタ生産方式」について知ることになる。そのため、コミュニティでは人気の施設で、展示品の面白さなどもあって「必ず1度は行っておくと良い」と教わりつつも機会が無かったのがトヨタ産業技術記念館である。

www.tcmit.org

いい加減そろそろ行っておこうと思い、どうせなら1人で行くより何人かで感想を言い合いながら見学したほうが楽しかろうと、社内で呼びかけたところ10人以上の人から「興味がある」とリアクションがあったので、有志の社会見学会として企画して行ってきた。

社会見学会としては14時に集合、閉館時刻の17時に解散としたが、テクノランドという子どもが楽しめる施設が整理券が必要とのことで、お子さん連れのメンバーは午前中から来ている人もいた。

www.tcmit.org

館内はまさに日本の工業の歴史資料館というようなおそるべき規模で、いち企業の資料館には到底収まらないレベルだった。

有名な環状織機がお出迎え

じっくり見て回れば1日では収まらない、という噂は聞いていたけれども、今回の企画では3時間で回ろうと考えていて、それでも3時間もあって時間を持て余さないだろうかと訝しんでいたが、フタを開けてみれば3時間たっぷり使って楽しむことができた。実演やガイドの説明などを丁寧に回るのであれば、もっと時間が必要だと思う。

事前に大野耐一の『トヨタ生産方式』を再読して予習していたこともあり、書籍で説明されていた織機などを改めて見たら不思議な感動があった。

トヨタ生産方式

トヨタ生産方式

Amazon

自動車館も圧巻で、トヨタ2000GTの実車などを観ることができる。

2000GT

こういった博物館や資料館では、ちょっとした動きを伴って説明を受けることができる装置があり、手元の四角いボタンを押すと展示の中のものが実際に動いて見せてくれる、という形式のものがある。トヨタ産業技術記念館ではプレスや組付け機といった巨大な装置がその仕掛けで展示されており、通りがかる人がボタンを押すたびにものすごい音を立てて巨大装置が動き出すのである。いったいいくら電気代がかかっているのだろうか。

www.youtube.com

すべて観終わる頃にはすっかりトヨタ信者になってしまい、ミュージアムショップで『劇画 豊田喜一郎復刻版(木本正次, 影丸譲也著)』を買った。

喜一郎の最期を描いたシーンなど大迫力である。

出血で脳を破壊されながら自動車の走馬灯を見る末期の喜一郎

解散後は希望者によってさらに夕食に行き、記念館の感想や仕事における開発プロセスの話などをして盛り上がった。

同僚と行く社会見学は思いの外楽しかったので、またなにかおもしろそうな施設を探して行きたい思う。

2025年のふりかえり

今年はなんやかんやで良い1年だった気がする。

仕事

去年の5月に出戻りをして、そこから丸1年と少し経った8月から「技術グループ長」というポジションに着いた。会社の技術組織の「人と組織」に責任を持ついわゆるVPoEポジション。CTOと役割分担を試行錯誤しつつやっている。仕事柄、日々のトラブルシューティングや、泥臭い仕事が多く、あまり外に書けることは無いのだけど、エンジニアが事業に貢献して、顧客に価値を届けるためにできることはなんでもやる、という感じ。

表に言える仕事としては、社内でも新しいポジションであるエンジニアリングマネージャー職のキャリアラダーと評価軸をつくった。 その内容を簡単にまとめたものは、先日のイベントで紹介している。

あとは採用活動に多くの時間を使ったが、ちょっとこれは課題が多くある1年だったなーという所感。

出戻り前の2016年以来9年ぶりに(え!?9年マジで!!?)サマーインターンの実行委員長をやった。これはたいへん盛り上がり、やっていて楽しい仕事だった。体制づくりを引き続きやるために、来年もまた委員長をやる予定。いろいろおもしろことを考えたいね。お楽しみに。

社外活動

目の前の仕事に集中したかったのでアウトプットは控えめ。ただ、コロナで引きこもり癖がついたのを解消したいのと、仕事柄いろんな人に会うべきだろうと思ったので登壇はしないまでもイベントなどは積極的に参加しようと心がけ、スクラム道関西とかに時々遊びに行った。

主だった登壇は3件ほど。

EM Conf 2025

EM Confの登壇は評判が良かった。EM Conf 2026は残念ながら落選。次はおもしろい話ができるように考えよう。

speakerdeck.com

DevOpsDays Tokyo 2025 (opening keynote)

DevOpsDaysではキーノートの機会をいただいた。人生で初めての大役。準備期間も2ヶ月くらいずっとこのことばかり考えて準備してた。

speakerdeck.com

Developers Summit 2025 KANSAI

招待講演の枠で登壇の機会をいただいた。アンケートの結果は好評で一安心した。

speakerdeck.com

EM Lounge

メインスタッフの1人として開催。ちょっと間が空いてしまったけど来年もやるつもり。

Engineering Managers Lounge - connpass

ランニング

今年はなんといっても走った1年だった。まさか自分がフルマラソンを完走することになるとは、未だにちょっと信じられていない。

来年

来年は引き続き仕事がたいへんだと思うけど、成果を出せるようにがんばる。仕事でしっかりを結果を出して、アウトプットの量も増やしていけるといいな。

47歳男性が1年でフルマラソンを完走するまでの道のり

1年ほどトレーニングをして、先日のみえ松阪マラソンで完走できた。人生初のフルマラソンである。

正直自分の人生の中で「フルマラソンを完走する」というアチーブメントが存在するとは今年の春頃まではまったく考えたこともなかった。

いざ、フルマラソンに挑戦しようと思い立ってから、インターネット上のありとあらゆる初心者による体験記を読み漁り、自分の準備方法で大丈夫なのかと気を紛らわせ続けてきたので、後にマラソンに挑戦しようとしている同じような人々に向けて自分も書き残しておこうと思う。

2024年11月

もともと登山が趣味であり、昨シーズンはじめて雪山登山を経験した。このシーズンも一度はやっておきたいと思い、その体力づくりだと思い立ってなんとなく走り始めたのがこの頃。

とはいえ、日頃の運動不足もあり、キロ9分以上のペースで2km走ると限界という体たらくであった。

2024年12月

12月も引き続き似たような感じで走ってはいた。週2~3回。15分走ると疲れるのでまとまった時間は必要無く、昼休みに近所を走っていた。

ちょうどこのタイミングで、ランニングを習慣にしている人から「最初はゆっくりでいいので継続するのが大事ですよ」とアドバイスを貰い、まずは継続して習慣化することを意識した。しんどいと嫌になるので、しんどくならない範囲を心がけ、キロ9分のペースで2kmほど走るのを繰り返した。

2025年1月

当初の予定どおり雪山登山として武奈ヶ岳に遊びに行ったのであるが、まったく太刀打ちできず敗退。我ながら体力不足を嫌というほど痛感し、このままではいかんと決意した。ちょうどそのタイミングで読んだ書籍で、雪山登山に必要な体力を計測する手段を学び、それと同等の運動ということで手軽なランニングをもうちょっと頑張ろうと決意を新たにした。

daiksy.hatenablog.jp

そうして引き続き継続した結果がこちら。

続けていれば成長はするもので、キロ8分40秒ほどで2kmを少し超えるくらい走れるようになってきた。

2025年2月

2月になるとキロ8分で3kmほどは走れるようになってきた。

ちょうどこの頃、元同僚が淀川の河川敷で開催されているマラソン大会に出場しているのをSNSで見かけた。

調べてみると、この時期は月2回ペースで開催されていることがわかった。なにか目標があるほうがモチベーションも湧くだろうし、自宅からも近いので自分もチャレンジしてみようと5kmの部にエントリした。

まだこの頃は5kmは自分にとって途方もない距離であった。

3月の淀川のマラソン大会に向けて5kmを2度ほど走ったが、相当気合を入れないと走れなかった。

2025年3月

3月2日に開催された大阪淀川マラソンの5kmの部を37分27秒で完走。

月間走行距離がフルマラソンの距離を超えて喜んだ。

まだ5kmは気合が必要な距離であるものの、日常的にキロ7分半のペースで3kmは走れるようになり、ランニングはもう習慣化したと言ってよいだろうと自信がついた。

2025年4月, 5月, 6月

黙々とランニングを続け、少しずつ距離も伸びてきた。5月以降は日々のランニングでも5kmは走れるようになってきて、5km走るとさすがにそれだけで昼休みが終わってしまうので朝の始業前に走るようになった。

週末に余力があるときなどは10kmにチャレンジすることもあり、淀川マラソンの10kmの部にエントリした。

このペースであと半年トレーニングをすれば、フルマラソンも夢じゃないかもしれないと思い、チャレンジを決意。いろいろとリサーチをして、みえ松阪マラソンにエントリした。

2025年7月, 8月, 9月

7月に淀川ナイトマラソンの10kmの部を1時間14分10秒で完走した。

暑さがきつくなってきて、この頃には日が昇ると危険な暑さになっていたこともあり、早朝の日の出前から走るのが習慣になっていた。

9月ごろからは、平日は6kmコンスタントに走れるようになり、今でも平日6kmというのが朝走るのにも距離も時間もちょうど良いルーチンになっている。

また、9月には神戸空港の滑走路を早朝に走る、というランイベントに参加した(保安上の理由から撮影はOKだがインターネットでの公開はNGのためGPSログのみ掲載)。

2025年10月, 11月

暑さも和らぎ、フルマラソンへの準備を本格化。10月と11月は月間100kmを目標とした。

ロング走の経験を積むために、10月4日に20km走にチャレンジ。意外と余裕を持って走り切れた。

その後マラソンの先輩でもある友人と10月25日に30kmにチャレンジ。3時間59分かけて走り切れたのだがかなり限界に近く、フルマラソン当日までにもう1回30kmを走っておくと良いとアドバイスされていたものの、これをもう1度やる気持ちにはなれず、フルマラソン当日まで30kmは走らなかった。

その後は週3回程度の頻度で、平日は6km、週末は10kmを走りつつ、11月23日に20km、11月29日に2時間走(15km)をロングの練習として走った。

2025年12月

最後の追い込み期間。

12月7日にハーフを走り、あとは疲労を抜きつつ調整期間とした。

12月16日に軽く4km走ったのを最後に休養して、12月21日にみえ松阪マラソンで42.195kmを6時間29分(ネットタイム6時間13分)で完走した。

走り終わったら、もうフルマラソンはこりごりだ、という気持ちになるのかなと想像していたが、意外にも達成感のほうが強く、次は6時間以内に完走したいという気持ちになっている。

完走メダルが宝物のように尊い

ちなみにこの期間で体重は5km減。最大酸素摂取量の推定値はめちゃくちゃ上がった。

36→47.6

マネージャーは何が楽しくてやれる仕事なの?

これは「あらたま・いくおのAdvent Calendar 2025」5日目のエントリです。

昨日はyuya moriさんの『「マネジメントやるのもその育成も無理ゲー」を整理する』でした。

ぼくがこのアドベントカレンダーに登録しようと思ったのは、「あらたま・いくおのマネジメントRadio」がとても好きだからです。

ぼくは言語優位・視覚優位なタイプで、耳からの情報処理があまり得意ではなく、Audibleやポッドキャストを聴く習慣はほとんどありません。ですが、お二人のポッドキャストは、仕事柄共感することも多く、自分にとって身近な話題が多いのですんなり聴くことができ、いつも楽しませてもらっています。

お二人のお話を聴いていると、「いつも楽しそうだな〜」と微笑ましい気持ちになります。マネジメントにまつわる話題なので、時にはシビアな話もあるわけですが、そういうときにもあまり深刻さは感じません。きっと日頃の仕事も楽しみながら取り組んでいらっしゃるのだろうな、という気がします。

さて、ではお二人をはじめとする、世の中のマネージャーは、いったいなにを楽しいと感じて仕事をしているのでしょうか。他人のことはよくわからないので、自分がどう考えているのかを、このエントリでは考えてみようと思います。

マネージャーのやりがい・楽しさ......の本音

カジュアル面談、採用面接、1on1、飲み会の雑談、などなどマネージャーという仕事をしていると、あらゆる場面で「マネジメントの醍醐味や面白さはなんですか?」と聞かれます。これまでに何回聞かれたか、正直もう覚えていません。体感では年に50回くらいは聞かれる気がします。そのくらいの頻出質問です。

これだけ何度も聞かれると、回答も定型化していて、いつも自分は次のように答えます。

「マネジメントはテコの作用を効かせる仕事なので、1人ではできない大きな成果をチームとして出せたときの幸福感が醍醐味です」

これはまぁそのとおりなので嘘ではありません。でも少し取り繕った、"よそ行き"の答えです。

大きな成果は、それを得られるまでに時間がかかるし、成果が出たとして、マネージャーの役割からするとどこまで自分が貢献できたのかわかりづらいものです。本音を言えばもっと短期的な成果も実感したい。もっと踏み込んで正直なことを書くと、エンジニアとしてコードを書いていたときに感じていた「ものづくりの醍醐味」よりおもしろい仕事を、実は自分はまだ知りません。

なので、週末になると自分は時々ものづくりの楽しさと、短期的な達成感を味わうためにガンプラを作ります。

これを考えたきっかけがありました。先日、ある人から「会社でマネジメント研修を受講しているのだが、他のマネージャからマネジメントの醍醐味を教わる、という宿題が出ており、回答をもらいたい」という連絡を貰いました。ああ、いつもの質問だな、と最初は「テコの作用で......」と書いたのですが、質問をくれた人が古くから付き合いのある親しい人だったので、ちょっとだけ本音を混ぜたのです。それが、上に書いたものでした。

決してマネージャの仕事がつまらないわけではありません。ただ、コードを書いていたときのほうが楽しい実感は強かったなぁとふと思ったのでした。

ものづくりが遠ざかる

エンジニアから、本格的にマネージャーになってもう8年ほど経ちました。その8年の間でも徐々にマネージャーとしての役割も変化していき、仕事はだんだん複雑になりました。管掌範囲も広くなりました。1つのプロダクトを開発しているチームのマネージャーだった頃は、プロダクトという具体的なものが身近にあり、それをつくり、育てていくというわかりやすい達成感を得られていました。管掌範囲が広がり、複数のチームやプロダクトを横断するような範囲をマネジメントするようになると、そういった"具体的なもの"が遠ざかっていきます。ガンプラのようにわかりやすくできあがっていくようなものは、仕事としては自分の手の中にはもうありません。自分の行動が成果に結びつくまでのリードタイムもだんだんと長くなっていきました。

自分はなぜ、この状況で嫌気をさすことなく働けているのだろう?

マネージャになるぞと思った原点

少し話は変わりますが、自分が社会人になったのは2001年です。もう24年も前のこと。

若い頃は、自分の身の回りでは「IT業界 = 3K(きつい、帰れない、給料が安い)」などと揶揄されていました。

参画する現場はいつも炎上していました。終電までに仕事が終わらないので、職場の近くのマンガ喫茶で寝て、翌朝また出社するという生活をしばらくしていたせいで、今でもマンガ喫茶に入ると気分が悪くなります。

なんとかしないとこの仕事を長く続けるのは無理だ、と当時すがるような気持ちで学んだのがアジャイルでした。

自分がリーダーシップを発揮して、ある程度裁量をもって仕事の計画ができるようになると、徹夜や休日出勤をすることはほとんど無くなりました。案件のめぐり合わせのような運も良かったのだと思いますが、プロジェクトマネジメントの能力も多少備わっていたのでしょう。

自分がアジャイルを学んだり、スクラムマスターであることを自覚して仕事をするようになったりした動機は、「二度と自分や、自分の身近な人を仕事で炎上させない」というものでした。実際、自分の覚えている限りでは自分が直接担当した仕事で大きな炎上は未だに経験していません。そしてその延長線上に、今の仕事があります。

令和の時代になり、さすがに自分が若い頃のような「週末まで家に帰れない」といった仕事はほとんど見かけなくなりました(見かけないだけでどこかに存在しているのかもしれませんけど)。IT業界は、比較的仕事がしやすい業界になったような気がします。こういう環境になったことに対して、自分の若い頃からの取り組みが多少なりとも貢献しているのではないかな、と感じることも時々わずかにあります。

自分がマネージャをやる理由はこれなのでした。

「人々が、いきいきと仕事をする環境をつくり、維持すること」

この状況を多少なりとも実感できることが、「自分の仕事の喜び」なのでした。これが続いていられるのなら、ものづくりは週末にガンプラを作るだけで別にいいや。