@941 さんが最近、折にふれて「LTは5分」というのを強調されている。
まさか10分のセッションをLTと呼称していませんよね? https://t.co/iLigKowObb
— 941 / kushii (@941) 2024年12月5日
ぼくもLTといえば5分派閥の人間なので、共感できる。
最近、登壇のご依頼をいただく際に「15分程度のLT形式でお願いします」のようなお誘いを時々見かけるが、その度に、15分も喋るのならそれはLTではなくて普通のトーク(あえて呼び分けるならショートトークとか)なのでは?? と思いながら口には出さずに過ごしている。
wikipediaの「ライトニングトーク」のページを見てみると。
様々な形式があるが、持ち時間が5分という制約が広く共有されている
とある。
ライトニングトークの歴史についてまとめられているページがある。
これによると
LTが世界で初めて開催されたのは、2000年7月にカーネギーメロン大で開催された「YAPC 19100(YAPC::NA2000)」 、考案者はMark J. Dominusさんです。
とある。
さらに、Mark J. DominusのサイトにはLTについての説明がある。前述の歴史紹介サイトに掲載されている訳文をそのまま紹介しよう。
いままでにセミナーの講師をやったことない人でも、小さいものならできるかもしません。 Lightning Talk なら、スライドをつくらなくてもいいし、作るとしても、2,3枚で十分です。
失敗するんじゃないかと心配するかもしれません。5分のトークなら、準備も簡単。 もし失敗したとしても、すぐに終わるんだから気にすることはないんです。
「この5分だから失敗してもすぐ終わる」というのがLTの根本であるように思う。自分がコミュニティに参加しはじめた頃は、どの勉強会でも懇親会などでLTの枠があった。20分とか、40分の登壇はたいへんだし自信もないが、5分くらいなら自分でもできそうだな、と思いよく参加したものである。実際、懇親会でのLTとなると酒宴の余興のような趣も強く、ネタに走ったLTなどをよく見かけたものだ。
懇親会中に酒を飲みながらスライドを作り、その場で手を上げて飛び込みLTをする、というようなことも良くあった。昼の勉強会本編の内容に刺激を受け、それをオマージュするようなLTをその場でつくって懇親会で披露する、というなこともあった。
言葉というのは変遷するものなので、自分は現代のLTの解釈もこういうものかとは思うが、「15分のLT形式」という言葉の中にも「それほど入念な準備は必要ありませんよ」というLT本来のニュアンスが残っていてこのような言い方になっているのだろうと思う。
「懇親会の飛び込みLT」のような話をすると、「そんな感じだったんですか!」と驚かれることも増えた。
EM Loungeのスタッフを一緒にやってくださっているミツカワさんとも先日そんな話をして、その後ミツカワさんがこんなエントリを書かれていた。
LTというのはすごく丁寧に準備をして、短い時間の中に学びを凝縮した何かだと思っていました。だから、5分間で学びを伝えるためにしっかりと準備をして当日に挑むものだと認識をしていました。 が、どうやらそうじゃないらしいという話をコミュニティで出会った方々に聞きました。
「短い時間の中に学びを凝縮した何か」だと思っていたというご意見に、そうだったのか! と驚いた。
京都アジャイル勉強会の忘年会で同年代の人たちと、「我々が当初LTだと思っていたものは今はなんと言うの?」と話をしていると、大阪で活動しているココカラというコミュニティではソニックトーク(ST)と呼んでいるらしい。
STのルール3ヶ条 - スライドは3枚まで! (表紙と自己紹介、締めの挨拶除く) - 発表内容はITに関係するもの - 内容はゆるくておk(精査されてなくも、詰めきれてなくても、とにかく話したいだけのことでも大丈夫)
「スライドは3枚まで!」というのがLTよりも気軽であることを表していておもしろい。LTでは5分に50枚のスライドを詰め込む、みたいな遊びをする人もいるわけで。
ライトニングトークの"Lightning"は「電光石火」という意味であり、それより気軽なのが"Sonic"(音速)であるというのもちょっとおもしろい。自分としては、LTは5分の失敗しても良い気軽なもの、という扱いを続けたいが、とはいえこのような文化の変遷も人間社会の必定であるので、「LTも解釈が変わるくらいに年月が経ったのだなー」とおもしろく眺めている。